【2008年10月刊】内部コミュニケーションを劇的に深めるために
2008.10 Whenever天津誌 掲載を一部加筆
私は陳舜臣さんの《小説・十八史略》という本が大好きです。分厚い文庫本で六冊というなかなかの大部ですが、一度読み始めてしまうと放置できず最後まで読み進めてしまいます。
これは中国の神話に近い時代から、南宋の滅亡(13世紀)まで、王朝の勃興から成熟、衰亡と次の時代の幕開け……を十八朝にわたって小説のような自由な書き口で表したものです。もともと歴史書として名のある《十八史略》をベースにしているため、この名がついています。
中国に来る前に初めて読み、中国で生活するようになってからは、まとまった読書の時間が取れないため、トイレで読み、移動時間に読み、待ち時間に読む……といった調子でもう十回以上通読してきました。好きに理由はありませんが、夢中になる原因を自分で考えてみると、いま自分の目の前にいる中国人の皆さんの価値観や行動原理、どうしてそうなったのかが、鮮やかに見えてくるからだと思います。
日本人として自分が無意識に抱いていた常識や価値基準を手放して、自分なりではあるものの描いた中国人の価値観や行動原理で彼らの日々の姿を見ていると、衝撃や憤りを感じることが減りました。
私は仕事で、人材採用の支援、社内の仕組みづくり、労務問題の解決、規定整備といった「人と組織に関わる課題解決」を手がけていますが、いつも多種多様な課題の根っこに着眼しています。
それは、価値観や行動原理の異なる日本人経営者と中国人幹部・社員のコミュニケーションの壁を破ることです。内部コミュニケーションが劇的に改善すれば、人と組織に関わる多くの課題は、自然と解消します。コミュニケーションの壁を破るには、お互いの言動の背景にある価値観・行動原理・動機などを理解する必要があります。もっと平たく言うと、相手の目線に立つ必要があります。
私のような若輩者が語るにはやや大きなテーマですが、私自身が考える日本人と中国人の「差異」の背景についてお話したいと思います。
日本と中国:共同体とリーダーに対する考え方の違いはどこから生まれたか
日本人は、島国の限られた国土で長らく稲作を主として生きてきました。稲作は作業の時期を外すと一年間食べていけなくなります。農家一軒で独立した作業は厳しく、ムラという共同単位で日々の営みをするようになりました。私の両親の実家も元々は農家で、子供のころは秋になると母方の実家で、稲刈りや野菜の採り入れに親族が総動員されていました。
自分が食べていくためには共同作業が必要ですから、村内の調和を重んじ、各自が突出したり奇抜なことをしないよう全体の「空気」を重んじる社会となりました。
また、自然相手の仕事ですが、天候相手に怒ったり嘆いたりしても相手は変わってくれません。そのため、自然の営み(言葉を換えれば成り行き)に任せ、無理に意思決定しない国民性を培ってきました。
自然は人の力ではどうにもなりませんから、現状を打破し、大胆な変革を促す力強いリーダーなど必要としない、あるいは強いリーダーの存在が時として困る社会となったのです。変えられない天候に対抗して、一人のリーダーが大胆な変革を挑んで失敗すれば、ムラ全体が存亡の危機に立たされます。
天候相手で毎年続く営みには、変革よりも継続性、決断のリーダーシップよりも空気の醸成による合意形成の方が適していたわけです。空気の醸成にはリーダーが示すビジョンも決断も必要ありません。
一方、中国人は、何千年にわたり王朝が勃興衰滅を繰り返してきた中で、判断を誤れば即、生死に直結する厳しい環境を生き抜いてきました。様々な民族や国家が入り乱れ、お互いに離合集散、吸収分裂を繰り返し、その度に迫害を受け、食料を略奪されるのは民草(老百姓)でした。
死命を制するのは天候ではなく人です。一人でウロウロしていればたちまち食い物にされるだけですから、ついていくリーダーが生命線です。判断を誤れば自分の命はありません。空気の醸成・合意形成などを待っている余裕もありません。また、天候と違い人相手ならば打つ手もあります。
こうして、中国ではリーダーシップが重視され、リーダーにビジョンを示してほしい、決断を下してほしいという期待が掛かるようになったのです。
日本流でやりたければ「うまいラーメン屋作戦」が必要。
日本の物づくりは日本の文化に根ざしています。社員が一丸となり、生活共同体の空気・合意形成を重視し、飽くなき継続的改善に取り組む資質は、日本の豊かな自然、安定的な環境に育まれたものでしょう。
そしてリスクを避ける古代からの知恵が、リーダーシップの発揮を抑制し、無意識にもボトムアップを大切にします。日本の物づくりを定着させようとすれば、最後は日本的な合意形文化、ボトムアップの、上下の距離を縮めた活動を浸透させなければなりません。
しかし、この境地に到達できるまで導くには、中国人社員の価値観・行動原理・希求してきたリーダー像を踏まえ、彼らが理解できる方法を取る必要があります。
もの凄くうまいラーメンがある。これを相手にも伝えたい。相手はラーメンには気乗り薄な感じだけど、彼も食べれば絶対ファンになる。私には確信がある!
こんなとき、自分と相手、歩み寄るのはどちらからでしょうか。伝えたいメッセージがある方が、相手の目線に合わせ歩み寄るしかありませんよね。「ラーメンだけじゃなくて餃子にビールもおごるから行こうぜ」と釣ったり、「お、たまたま昼に通りがかってみれば例のラーメン屋。入ってみようぜ」と半ば強引に連れて行ったり、「まずかったら夜は好きなものおごるよ。でもうまかったらオレにビール一杯おごってね」と誘ったり。相手が自発的に興味を持つまで待つなんてことはしないですよね。
日本の物づくりを中国で定着させるためには、まず、中国人社員が認めるリーダーシップが必要です。優れたリーダーと認める相手からボトムアップの重要性、なぜ重要なのか、具体的にはどうすれば良いのかを伝えられてはじめて動けるのです。
中国では日本の物づくりが通用しない、ということでは決してありません。自信を持って「価値がある」と誇れる日本の物づくりを定着させるために、中国人社員の言動の背景にある、彼らの価値観・行動原理・希求することをまず承認することから始める必要がある、ということです。